世界が違って
見える。
外からの目で自分を見たら、言葉遊びの快楽をショットするようなことはできない。
一度帰ったらおしまい。家は破滅。実家だけじゃない、一人暮らしのじぶんちも。
しばらくこのプレイリストで
深夜の道路突き固めが終わったと思う。
比較的ではあるが平穏な夜が戻ってきた…はずだったのだが。
今度は工事ではなく手で叩いているような金属音が響く。
ベランダに出てみると、向かいの家のおじさんが道路に穴を開けている。
たぶん道路下にある水道溝に、何らかの理由で家から流れ出た溢れ水を流そうとしている。
騒音といえば騒音だが、こういうことが目の前で起こったことを受け止める余裕はたまたまあった。金曜の夜だから。
何でも自分でするよな、ここの人は。
水道会社とかに頼まないんだな。
私は壊れた扇風機の修理すらできない。
深夜の…夕立ち?
おじさんは家に引っ込む。
恋をした。
まだ追いかけているだけの、押し付けるだけの自我。
いつか求めてもらえる存在になりたい。
それに値する人になりたい。
せめてそれに値することを、つぎはぎだらけでも起こしたい。
女であって、そのことに対してとってきた君の釣り合いを崩して、
男であって、そのことに対して噛み合っていないぼくをねじこむ。
そんなはずじゃなかったが、そういうことになった。
満たしたいけど、せめて呼び水程度に。
ほんとに呼び水が必要なのはぼくか。
自然に湧き出たものを与えあうには、まだ流れが足りない。
与えて注いで絞りきってから、足りるかどうかは考えよ。
(したがきより)道路工事がくれた
明日の仕事に差し障るから本来なら寝なければいけない午前一時。
この数週間だけ本当に忙しくて、家でもずっと仕事してる。
仕事をしてすぐに寝るとかは難しい。たぶん副交感神経に切り替える必要があるからだと思う。結局寝付くまで1時間くらい必要になる。
この眠らなきゃいけないけど寝れないもどかしい時間は、自分で寝るプレッシャーを与えてしまうことでQOLが落ちる。
しかし今日に限っては、時たま家の前の道路で行われている道路工事があからさまに目の前に来ている。
ランマーの突き固め音が響く。
これでは寝れるわけがない。寝なくてもいい理由を自分にあげることができる。
ハノイの道路工事は本当に容赦がない。耳栓代わりにイヤホンしてみるが、本当に目の前だと大して効果がないときもある。
そういうときは息ができない。本能が衝撃音を聞いて交感神経を発火させるのだと解釈している。
副交感神経は息ができるやつだ。深い息ができる感覚にぼくは副交感神経という名前をつけて解釈している。
副交感神経にしてくれるやつ。
濡れていない
下ネタに走るわけではないけど、このような映像を見ると現在の居場所の濡れていなさを自覚する。
濡れていることは青春に取り組んでいるということで、もしかしたら、未完成な自分が好きでいられるということかも。
ぴゅんって完成したところに行けるならそうします、ってもし思えるなら、それは未完成な自分を好きなのじゃないのだから、乾いている。
ずぶ濡れになって他人も川に引きずり込んでいく、それがやんなきゃいけないことなんじゃないのって。
人を引きずり込んで来れないなら、溺れてないんだ。
溺れずして何が青春だ。
泳力があって、どこかに行ってしまえるうちに、
視覚的な甘味や酸味をもっと飲んでおかないと、
力尽きてしまうかもしれない、
googleマップの星のリストを見てそう思った。
ベトナムは人があって、人にはじまり人に終わる場所なんだよなあ。
人セラピーには最高だけど…セラピーは終わってしまうんだよなあ
追記…これを読み直した。線を引くというのが必要なことかも。
2年を目前にして
いま別にベトナム語のモチベーションがことさら上がっているわけではないけど、
https://minamo.hateblo.jp/entry/2019/08/20/020807
この記事を残しておいたのは極めて正解だぞ。
この記事を残したときには気づいていないようだが、ちょうど1年なんだこの時期で。
そして最初の一年での進歩が相当良かったことをこの記事は物語っている。
B2クラスで3ヶ月、C2クラスで3ヶ月をやったところでしょこれ?
それぞれの所感、今と比べると未熟だということがわかるけど、明らかに9ヶ月で期待できるほどこの時点から今の伸びが大きくないよ。小さくもないけど、なんていうか、最初の1年の吸収に比べて明らかに勢いがないよ。いやそうでもないかも。評価できん。
定期的に所感と自己評価を残しておくことが極めて大事だな。
これをIT開発者としても自己評価を残しておくべきだったな…こちらは始めて1年なので、今まさに残すべきときかもしれない。
明日できること・できないことを上の記事の形式で書き出してみようかしら。
たまには振り返るものだね。
■
机の上にリップクリームがあるのを見つけた。
唇の乾燥を防止するリップクリーム。
5月頭から毎日うだるような蒸し暑さだ。
4月中はこの机でリモート勤務していたはずだ。
いつから机の上にあったのか知らないが、12月1日に神戸三宮駅の売店で買ったリップクリームがある。
ベトナムで必要になる期間は極めて短いリップクリーム。なんならなくても十分にやっていけるだろう。
やがてハノイにも冬が、2020年末が来るが、その時にもぼくはこの家で、日常的にはほとんど使わないこの机と暮らしているのだろうか。
それとも今の会社をやめたりして、引っ越してどこかリップクリームが必要な場所に行くのだろうか。
京都にいた頃、5年と1日あの街に住んだけれど、京都の隅々まで探検して、道の形を覚えて、一人でいられる場所をたくさん見つけていったのは、ほとんど最初の一年の中でだった。
二年目も後半になれば、だんだん一人でいられる場所を使って、実際に一人でなにかに没入している、要するにどこであってもできそうなことばかりしていた。もちろん、大学からそれは出てくるわけなので、大学は必要だったわけだけど。というか、大学の外からくるものよりは、大学の中からくるもののほうがそのときには時間を使う価値があると感じていたわけだけど。
でもともかく最初の1年目は、場所に少しずつ埋め込まれることを楽しめる期間だった。
5年同じルールでやるのはなかなかしんどかったけど、もし違うルールで、もう少しお金も持って関西で続けられるなら、それはありだったかもしれないと当時も思っていたはずだ(少なくとも、東京に戻ることを積極的に望んだことはなかったはずだ)
28番のバスは初めて乗ったかもしれない。どこに行くのかわからないバスだったけど、Ô Chợ Dừa – Đê La Thành – Ngọc Khánh – Kim Mã – Nguyễn Chí Thanh – Chùa Lángとぐるぐる迂回して行った。バスのルートは知らなくても、場所一つ一つは見知った場所だ。どこで降りても、そのあたりで腰を落ち着けられる場所を知っている。1年と4ヶ月は大学でいえば2回生前期試験が終わったところに当たる。たしかにそんな感じだ。新しい人間関係にも前のめりではなくなったし、内向きに手元の「ありたい像」を追いかけて、でもまだ集中して取り組めないでいる。そしてそのありたい像は一周前の5年から引き継いだものだ。
結局東京で働いていた1年半が宙に浮いてしまった…ハノイ生活をなんとか始められるだけのお金だけを残して。(いや、のったりとした停滞の期間を経て、脳の動き方が根本的に変わったので、他に何もなかったというわけではないのだが)
目が疲れている。昼も夜も、平日も休日もディスプレイばかり見ているからだ。明らかに。
学問ではなく学問的知見の吸収で、無意識に棚上げしているリストが大量にあるんだろうな。
学問(生産)そのものへの意欲が、あののったりとした停滞で手放したものかもしれない。
もっと平凡な、自分の知性に対する親密な社会的な、承認欲求みたいなところだけが、歯抜け状に残っていて、それを自分で、健全だと感じている。
6月が運良く始まってくれる。
Sktは引っかかりの大きい対象だ。
この6月が、前進か、浄化か、はたまた生産か、未来からみたらどの様に見えることになるのだろう。
リップクリームを塗っている未来の僕は、この6月を特別な6月だったと思ってくれるだろうか。